京都舞鶴から昔ながらの手作りの味をお届けします!

by ジャムおばさん

「細川ガラシャ夫人隠棲地」~京丹後市弥栄町~

5月5日、日曜日。
京丹後市弥栄町味土野(みどの)にある、
「細川ガラシャ夫人隠棲地」に行ってきました!!

今年の日帰りドライブの目標の一つに、
「丹後の七姫伝説」の地を巡ろうと計画しています。
ここでいう「丹後」は、舞鶴市・宮津市・京丹後市・与謝野町・伊根町です。

スタートは、4月に行ってきた、大宮町「小町公園(小野小町)」でした。

e0252905_344184.jpg

さて、弥栄町味土野という所は、地図で見ても、
標高が高く、道も極細で、行き止まりの場所です。

府道75号線から、味土野に向かう道の狭いこと・・・・。
だんだん、先細りのようになる道(ようやく普通車1台分の幅)を、
登っていくのですが、登りの4~5kmは相当な距離で、
運転する家人も、右は、山肌、左は、崖(ガードレールなし)の道に、
何度も、『この道で、あっているのか?』と、聞いてくるし・・・・。(“ “)
地図片手に、ナビ役の私も・・・、だんだん・・・不安に・・・・・。(" ")

e0252905_3472075.jpg

しかし、『よくぞ、まあ、こんな所に。』と思うくらいの、
山深い所に、やっとのことで辿り着きました。

「細川ガラシャ夫人隠棲地」です。
「丹後七姫」のイメージ花として、
細川ガラシャ夫人には、「桔梗」があてられているようです。

e0252905_3484817.jpg

  ~細川ガラシャ夫人=戦国武将明智光秀の三女 玉(玉子)
    細川忠興に嫁ぎ、幸せな日々を過ごす。
    しかし、 「本能寺の変」が起こり、事態は一変、
    弥栄町味土野の地に幽閉され、ここで、キリスト教に触れ、
    「ガラシャ」の洗礼名を授かる。~

e0252905_6313423.jpg

看板があった所から、少し坂道を歩くと、
隠れ棲んでいた屋敷跡に着きました。

e0252905_6331391.jpg

  ~細川ガラシャ夫人 辞世の句
   「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花は花なれ 人は人なれ」
   
   関ヶ原合戦の前夜、人質になることを恐れた、ガラシャは、
   大阪の細川屋敷に火を放ち、
キリスト教の教えで自刃できないかわりに、
   家老に胸を突かせて絶命。 享年38歳。~    

e0252905_639728.jpg

この日は、私たち以外に、高齢のご夫婦一組の先客がありましたが、
この石碑に訪れる若い女性も多いと、何かに書いてありました。
悲運の人生を歩んだ「細川ガラシャ」への供え物が、今も絶えないと・・・。

昔であれば、なおのこと、この地までたどり着くには、
相当の想いがなければならないと・・・・。  

e0252905_924147.jpg

味土野の地での、幽閉は3年にも及んだと記されています。
隠棲地から見える景色は、山と空のみ・・・。

どのような想いで、過ごした3年だったのでしょうか??

e0252905_941184.jpg

この隠棲地の周辺には、こんな草花が、あちらこちらに咲いていました。
[PR]
by akebonofan | 2013-05-07 12:44 | ぶらり散歩