京都舞鶴から昔ながらの手作りの味をお届けします!

by ジャムおばさん

終戦記念日に想う

今日、8月15日は、「69回目の終戦記念日」です。

e0252905_11163866.jpg

昨日は、早朝から両親とともに、
自宅近くにある共同墓地へ墓参りに行ってきました。

傾斜が30~40度近くもある、この坂道は墓参りへの高いハードルとなっています。
私の地域でも、ここ数年・・・共同墓地の移転の話が進んでいます。
高齢社会に突入した今となっては、
「春のお彼岸」「お盆」「秋のお彼岸」・・・・と、
最低でも年3回の坂道の上り下りはキツイものです。

e0252905_11171730.jpg

しかしながら・・・・・82才の父と79才の母は、
もくもくとこの急斜面を上って行きます。
後から上って行く私の方が、心臓はバクバク、口はゼイゼイと言っているのです。

そんな両親の凛とした後ろ姿を見ながら・・・・、
『これが、長年「墓守り」をしてきたということかも知れないな。』・・・と、感じました。

e0252905_11185085.jpg

生まれてこの方・・・・・・物心がつくようになってからの50数年間、
毎年毎年お参りしてきた実家のお墓です。

子どもの頃は、この共同墓地の中で一番背が高い石塔が、
子ども心に大変な自慢であり、誇らしく感じられたものでした。

e0252905_11202321.jpg

しかし、だんだん成長して事情がわかるようになってくると、
この石塔の高さは、「受けた代償の大きさ・高さ」なのだと知りました。

『故陸軍歩兵曹長 勲七等 功六級 ・・・・・』と刻まれています。
父は、婿養子なので、この墓の主は、母の父、私の母方の祖父になります。

e0252905_11204488.jpg

母の父親の戦死は、日清戦争でのことでした。
陸軍に出征して、1年半後・・・・行年 30才の戦死であったと・・・・。
当時、母はわずか3才、弟(叔父)はわずか1才だったそうです。

e0252905_11211673.jpg

今にして思えば・・・・・・この祖父の戦死が、
母の人生を大きく左右したようにも思えてなりません。

母は、3才で父親を戦争で亡くし、
翌年、4才で今度は母親を亡くすという不幸が続き・・・・、
さらに、6才の時には、
幼い姉弟を、親代わりで育ててくれていた祖母をも亡くしてしまうのです。
幼少期のわずか4年間で、一番近しい身内を3人も亡くすという経験をしたのです。

幼い頃から、「家を守る」「墓を守る」という立場に立たされた母。
どれほどの重荷の中で、青春時代を過ごしたのか・・・?
どう生きぬいてきたのか・・・・・・・想像するにあまりあります。
二十歳で婿養子の父と結婚し、
それ以後は、2人で家を盛り立て守り続けてきたのだと思いますが・・・・・・。

私は、幼い頃から何の不自由もなく過ごし、
好きなスポーツに打ち込み、その後の進路も自分で選択し、
良き伴侶に出会い、二人の子どもにも恵まれて、現在に至っています。

老いてきた両親の昨日の後ろ姿を思い出しつつ・・・・・、
戦争のない時代に生まれ、生きてきたことに感謝しなければと思います。

・・・・と同時に、日本政府が集団的自衛権の行使容認に踏み出した今、
「二度と戦禍を繰り返すことがあってはならない!!」と、
強く強く・・・・・心に想う「終戦記念日」です。
[PR]
by akebonofan | 2014-08-15 12:54 | つれづれなるままに